・・  ヒラカワヤスミ設計所  ・・ 都城市民会館のこと
   




※市民会館に関する記録を、年代順に古いものから記録します。
※ただし、新しい記事を、わざわざずっと下まで降りてもらうことは不便ですので、新しいもの(数ヶ月程度)は先頭に収録し、一定時間が経過したのち最後に収録することにしました。ご寛恕願います。




 ※2007年7月の「DOCOMOMOフォ−ラム都城」の全テキストを見れるようにしました。都城市民会館の存続にかける気鋭の論客のあついコメントをご覧ください。すばらしい内容です。
「DOCOMOMOフォ−ラム都城」全テキストを見る







※更新情報
※2008/10/23 「NBオンライン」に掲載されたことを記載
※2008/07/28 市民会館のアスベスト除去工事終了を記載
※2008/07/14 「昭和モダン建築巡礼東日本編」の出版を記載
※2008/06/16 カ−サブル−タス・ムック「日本のモダニズム建築100」特集号に掲載されたことを記載。




●設計   菊竹清訓建築設計事務所 http://www.kikutake.co.jp/

構造設計   松井源吾構造研究室
設備設計   早稲田大学井上宇市設備研究室
工事監理   菊竹清訓建築設計事務所
アルミ緞帳制作  伊藤隆道(雪印乳業 寄贈)
色彩計画   粟津 潔

●規模・概要

 構造 鉄骨鉄筋コンクリ−ト造 地上2階、一部中2階建て
 敷地面積  4604.30 u(1392.8坪)
 建築面積  2261.40 u
 延べ床面積 3673.89 u
  1階   1552.65 u
  2階   1417.65 u
  中2階   95.34 u
  ピロティ 608.25 u 

 総事業費  2億3200万円
 所在地   都城市八幡町3街区
 
●施工  且ュ島建設

  鉄骨工事   川岸工業KK
  空調設備工事 昭和設備工業KK
  電気工事   九州電気工事KK
  
  ※作業実習として、当時の都城工業高校の生徒たちも施工に参加したとのこと。



●竣工時の掲載誌・書籍など


「新建築」1966.7、「JI」1966.7、「JA」1967.10、「SD」1966.9、「建築」1966.7、「AA」1968.1、「菊竹清訓 作品と方法」


●開館


1966年(昭和41年)4月1日 開館
 記念講演 石原慎太郎 など、1週間にわたり、記念公演行事をおこなう
 4月8日から 結婚式場を運営。この年だけで240組の挙式


●その後の増改築状況

1974年(昭和49年) 結婚式場を3室から2室に変更(各室50人収容を70人に)
1978年(昭和53年)排煙設備を設置
1979〜1980年(昭和54〜55年) 大改修工事
  ○ 大ホ−ル舞台を拡張、舞台床貼り替え、荷物用昇降リフト設置
  ○ 屋外ステ−ジ部に楽屋、倉庫棟 増築、南側玄関改築
  ○ 舞台正面の入口階段(2ヶ所)撤去、東側に階段新設
  ○ メインロビ−拡張(柱スパンをひとつ分広げる)
  ○ ホ−ル客席イスの更新(プラスチック製から布張りに)
  ○ 結婚式場を2室を可動間仕切りにて1室対応にし、150人収容可能へ)
  ○ ロビ−正面カウンタ−に壁画設置(製作:ア−トアマ     ネ、寄贈:南日本酪農)
  ○ 庭園、池の改修・整備
1986年(昭和61年) 緞帳更新(現在のもの)
  原画:野口徳次、寄贈:霧島酒造
1993年(平成5年)
 ホ−ル客席にエレベ−タ−設置
 結婚式場を閉鎖、会議室・練習ホ−ルへ用途変更(これまで式場挙式総数は4241組)

●開館後のあゆみ

 開館後、たくさんの市民に利用されてきた会館は、平成4年度に観客総数300万人を突破し、平成10年度(1998年)末までの観客総数は377万6680人。これまでの32年間の年平均では約11万7800人となる。
 
 1990年(平成2年)9月24日 開館25周年記念事業
  「カラベリ・グランドオ−ケストラ」公演
 1997年(平成9年)2月11日 開館30周年記念事業
    市民オペラ「魔法の笛」公演

 1997年 世界の美術の殿堂・パリのポンピドゥ−センタ−にて開催された「エンジニアのア−ト展」に日本から代表作のひとつとして出品される。また、そのときの展覧会のチラシに、市民会館が大写しで載りました。



「魔法の笛」公演チラシ1997


○40年間の全イベント
都城市民会館の開館からこれまで40年間の大ホ−ルでの全イベントを収録してあります。また、建築物として評価の高い市民会館には、これまでたくさんの建築家や学生が全国から見学に来ていますが、それらの記録も会館に残っている範囲ですべて収録してあります。
○「都城市民会館40年の全記録」のペ−ジへ


○40年の見学者だけの記録はこちらにあります

●修繕その他の記録
 
 15年ほど前、市民会館の屋根裏に使用されている吹付けアスベスト材の「封じこめ処理」工事を実施。以降、定期的に空気中の濃度を測定し監視している。

●会館の存続に関する行政の作成した「報告書」

 2005年(平成17年)3月7日 都城市役所の市民開館管理運営プロジェクトチ−ムが、「都城市民開館の今後の方策について」
中間報告書を提出 ここからリンクします

 この問題について、市民の声を反映させる目的で、都城市が「都城市民開館存続問題市民懇話会」設置

 市が関連団体の推薦により、7人の委員を選任し、5回の会議を開催した。
 第1回 平成17年7月7日〜第5回(最終回) 平成17年8月22日


 委員のひとり、建築士会代表の桑山氏は、この懇話会の内容をかなり詳しく氏のホ−ムペ−ジで公開している。それによると「この懇話会の総合的な意見としては、市民会館は文化ホ−ルとしてではなく、別の用途で存続する。また、外観は文化財的な価値が高いため、今のまま残すことが重要である。とのまとめで懇話会を終了した。」というのが桑山氏の「まとめ」である。
 しかし、市のプロジェクトチ−ムの最終報告書では「改修して存続」と「解体」の両論併記の形をとっており、若干の食い違いがある。「都城市民会館存続問題市民懇話会」のペ−ジへ


 2005年(平成17年)12月14日 都城市役所の市民会館管理運営プロジェクトチ−ムが、「都城市民開館の今後の方策について」
最終報告書を市長に提出。それによると、新総合文化ホ−ル完成後、「速やかな解体」を結論としている。 ここからリンクします


 ※報告書の一部削除2006年11月15日 市民からの指摘により、2005年12月に市が提出した報告書の一部に誤認があることがわかり、市は報告書の一部を削除すると報道される。毎日新聞、読売新聞、(11月16日朝日、宮崎日日新聞)に掲載。同日、市はホ−ムペ−ジにその部分を削除する旨のお詫びと訂正を追記。
 問題の箇所は「日本の公共建築100選」の部分。報告書は「『日本の公共建築100選』からはずれるなど、必ずしもその評価がその話題性の高さに付いていっているとは言えない」と記述しているが、実際は、市は「100選」に応募していなかったというもの。この「100選」は旧建設省の創立50周年を記念して、1998年に全国387点の応募の中から選ばれた。応募資格は公共建築物の所有者にあり、本件の場合は都城市にその応募資格があったが、市は応募していない。応募していないものが選ばれるはずがなく、報告書の記述は矛盾しているのでは、という指摘である。





●「都城市民会館を守る会」など、保存を求める市民の活動

○発足

 市内の「ときわ通り」などで「ア−トストリ−ト」などを開催している団体「MAP」は、市民会館の存続に危機感をもち、2005年の「ア−トストリ−ト」では「市民会館の写真展」を開催し、市民に保存を呼びかけるチラシを配布。また、この年、MAP名で市長あてに保存要望書を提出している。

 市内の個性派的な建築家のゆるやかな勉強会「都城建築塾」でも、市民会館の今後について懸念しており、例会などで話題に取り上げられていた。

 2005年の10月、「都城建築塾」と「MAP」のメンバ−が市内で会食し、保存に向けて意見交換。

 2005年12月 MAPによる講演会「エネルギ−を内に秘める都城市民会館」開催、講師は建築家で元菊竹清訓建築設計事務所員の遠藤勝勧さん。遠藤さんは市民会館の設計・監理・メンテナンスに深く関わっている。
 このときの参加者約90人を主体として、「都城市民会館を考える会」が結成される。

 その後、2005年末に市のプロジェクトチ−ムが「新総合文化ホ−ルの会館後、速やかに解体」という報告書を提出したことを受けて、2006年はじめごろ「MAP」と「都城建築塾」、「都城文化協会」のメンバ−を主として、「市民会館を考える会」が発展して「都城市民会館を守る会」が発足した。代表にはMAPの三田八正氏が就任。

○署名活動

 「守る会」の主要な活動として、まず「署名集め」がある。2006年の3月ごろから活動をはじめ、5月までに8000人余の存続を求める署名を集めた。

 2006年4月29日〜5月7日まで、市内の「大丸センタ−モ−ル」前で街頭署名集めを開催。マスコミにも取り上げられる。

 2006年5月26日 都城市議会議長へ「守る会」が集めた「請願」を「陳情」の署名簿とともに提出。マスコミも取材に来て、ニュ−スや新聞で取り上げられる。

 その後、6月の定例市議会にて提出した「請願」の取り扱いが協議され、総務委員会へ付託されることになった。
 6月29日の議会最終日に本会議での採決を予定していたが、総務委員会にて議論をもっと深める必要があるとの判断で、継続審議とすることに決定。
 9月議会でも継続審議になり、12月議会で「不採択」となる

●DOCOMOMO 市民会館視察

2006年6月12日(月)

 DOCOMOMOから夏目さんという千葉在住の建築家が市民会館の視察にやってきた。「都城市民会館を守る会」から10人程度が出迎え。マスコミも数社取材に来る。
 夏目さんは午前10時半ごろ市民会館に着。12時まで記者の取材に答えながら内部および外部を視察。その後、昼食をはさんで午後3時ごろまで視察した。

 上記のマスコミ取材後の掲載など 
 2006年6月12日 夕方のMRTテレビのロ−カルニュ−スで放映
 2006年6月13日 南日本新聞に記事
 2006年6月14日 宮崎日日新聞に記事
 2006年6月16日 読売新聞(宮崎版)に記事

注 DOCOMOMO(ドコモモ)とは、近代建築遺産の保存と調査、記録などの活動をする世界的な組織です。DOCOMOMO Japanへ


●市民会館を守るンポジウム

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 タイトル「都城市民会館を守るシンポジウム」

 会場 ホテル中山荘(都城) 参加料 無料
 日時 2006年7月22日(土)16:30から
 主催 都城市民会館を守る会
 共催 JIA(日本建築家協会)九州支部

 基調講演 16:30〜17:45 
  講師:鈴木博之 東京大学大学院教授 
   (DOCOMOMO Japan代表、日本建築学会 元副会長)
  「都城市民会館は再生できる」

 パネルディスカッション  18:00〜19:30
  コ−ディネ−タ−:岩切 平(建築家・宮崎市在住)
  パネリスト
   多田 善昭(建築家・元建築学会四国支部長・香川県)
   田島 正陽(建築家・JIA九州支部・福岡県)
    ※当日、悪天候のため来れなくなり、急遽、鈴木博之氏に変更
   白水 真由美(主婦 市民・MAP)
   遠藤 勝勧(建築家・元菊竹事務所員)
   宮原 昭子(都城文化協会副会長)

 懇親・交流会 19:45〜21:30 参加料 5000円(資料付)
 
 当日はあいにく、集中豪雨となり、えびの市や各市町村で避難勧告が出るほどの悪天候だったが、市民会館に関心のあるたくさんの市民(約200人)が出席し、盛会のうちに終えることができた。
 講師の東京大学大学院教授・鈴木博之先生から「市民会館は戦後の日本建築がようやく海外に紹介されるようになった時期を代表する建築物です」など、世界に誇る文化財としての高い評価をいただき、他のパネリストの講師からも、ぜひ、保存をというエ−ルと各地の近代建築の保存の事例の紹介と文化的な位置付けをめぐる意見をいただきました。


 ※ このペ−ジの最後に、シンポジウムの記録のごく一部(鈴木氏の後援要旨)を掲載します。

 ※ ちょっと長いですが、完全版を見たい方はここからリンクできます。建設時のエピソ−ドなど、必見の内容です。
「完全版」を見る



●都城市民会館40周年記念展『mch40』

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 会場 都城市立美術館
 期間 2006年10月6日(金)〜10月9日(月・祭日)4日間
 主催 mch40実行委員会

 目的 都城市民会館の開館40周年を記念し、市民とともにおおいに祝う。また、これまでの市民会館のあゆみを回顧することにより、会館の果たした役割を検証し、今後の会館のあり方についての判断材料とする。

 展示内容

 1 当時の市民会館の資料(模型、写真、図面など)
 2 市民会館40年の全記録
 3 会館を対象とした作品(絵画、写真など)
 4 会館での催しのチラシ、ポスタ−、おもいでなど
 5 市民会館の価値を知る資料
 6 会館の再利用の提案
 7 映像資料(シンポジウム記録他)
 8 立体物(公演小道具、会館椅子、ホ−ル椅子)
 9 都城市民劇場の10月2日の公演時に市民会館ロビ−で展示された造形作品(大園美代子さん作)
 10 全国の建築家・文化人からのメッセ−ジ
 11 現在の市民会館
 12 守る会の活動の記録

「展覧会のようす」写真ギャラリ−へ



○スケッチ大会
 『mch40』の付随行事として、9月23日にスケッチ大会を開催

 日時 9月23日 午前10時〜
 場所 都城市民会館周辺
 参加 自由に参加、参加費用なし、道具は各自持参

 当日は約15人の参加者があり、おもいおもいに会館のようすをスケッチ。
 そのようすが都城ケ−ブルテレビで放映される。


●都城市民会館存続問題意見交換会
 都城市民会館の今後について市民の意見を聞くための意見交換会が、市内の各中学校区を単位とする地区公民館で開催されることになり、10月30日の祝吉地区からはじまった、これから約一ヶ月間、12月4日の姫城地区まで全15地区の会場で実施される。時間はすべて午後7時30分から9時までの予定。入場時に資料の配布あり(全8ペ−ジ)。参加者の記名などは必要なし。その地区に住んでいる人だけでなく、どなたでも自由に参加し、意見を述べることができます。(担当 都城市生活文化課 23-2132)

日程表
 10月30日 祝吉地区公民館
 11月 1日 高崎総合支所
 11月 6日 山田総合センタ−
 11月 8日 志和池地区公民館
 11月10日 沖水地区公民館
 11月13日 五十市地区公民館
 11月15日 高城地区公民館
 11月17日 庄内地区公民館
 11月20日 山之口地区公民館
 11月22日 西岳地区公民館
 11月24日 小松原地区公民館
 11月27日 横市地区公民館
 11月29日 妻ヶ丘地区公民館
 12月 1日 中郷地区交流センタ−
 12月 4日 姫城地区(中央公民館)


●各団体・機関からの保存要望書


○DOCOMOMO japan

 パリに本部のある世界的な組織であるDOCOMOMOの日本支部であるDOCOMOMO japan(代表:鈴木博之氏)から2006年12月11日に「都城市民会館保存要望書」が提出された。
 DOCOMOMOは正式名称を「Documentation and Conservation  of buildings sites and neighborhoods of the Modern Movement」といい、20世紀の重要な都市や建物の保存・調査活動をしている。
 DOCOMOMO japanでは都城市民会館を日本を代表する近代建築と位置づけ、その存続を都城市長(長峯誠氏)、市議会議長(下山隆史氏)、都城市教育長(玉利譲氏)の3者に対して要望しました。

「要望書.PDF」を見る



2006.12.19 宮崎日日新聞に載りました。

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○ JIA(日本建築家協会)九州支部
  JIAとは、日本で唯一の建築家の職能団体です。建築家としての社会的責任をもって建築物の設計と建築文化の向上を目的としています。その九州支部(支部長:井上福男氏・建築家・福岡)から、都城市民会館の高い建築的価値に鑑み、保存を求める要望書が12月12日付で都城市長あてに提出されました。

「JIA九州支部からの保存要望書.PDF」をダウンロード



12月22日の「西日本新聞」にDOCOMOMOとJIA(日本建築家協会)九州支部から保存を求める要望書が出されたことが記事になりました。


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この記事のPDFデ−タも収録しましたので必要な方はこちらからどうぞ。「西日本新聞記事PDF」をダウンロード


 年が明けて2007年の1月12日に、JIA九州支部長とJIAの宮崎県の会代表 河野氏(建築家・串間市)が都城市役所を訪問し、あらためて市民会館の保存・活用を要望しました。


○ 「竹の会」からの要望書

 宮崎県県内の建築家らの任意の勉強会である「竹の会」代表の岩切平氏(建築家・高原町)が2007年1月12日、JIA九州支部長とともに都城市役所を訪問し、長峯市長、市議会議長、教育委員長の3者宛に市民会館の保存を求める要望書を提出。
 「竹の会」は昨年、世界的にも珍しい「建築図書館」を宮崎市内に開館させ運営をしている団体でもある。

「竹の会からの保存要望書.PDF」をダウンロード



○ 日本建築学会からの保存要望書

 2007年1月30日、都城高専の林田教授が都城市役所を訪問し、日本建築学会九州支部長名の保存要望書を提出しました。同学会の歴史意匠委員会 伊藤重剛氏の会館に関する見解も添付されています。

「日本建築学会からの保存要望書.PDF」をダウンロード



○ 都城地区清掃業協会が保存要望書提出
 
 2007年2月はじめ、都城地区清掃業協会(会長:小田賢一氏)から郵送で会館の保存要望書が提出されました。


○ 都城芸術文化協会が保存要望書提出
  
 2007年2月1日付で都城芸術文化協会(会長:内村弘子氏)から保存要望書が提出されました

○ 他の要望、メッセ−ジなど
 2007年1月10日と1月24日の南日本新聞「南点」コラムに美術家の高嶺格さんが市民会館に関する文章を載せています。
コラム記事へリンクします

また、高嶺氏は2007年2月に都城市立美術館で開催された「メッセ−ジ2007」展に招待作家のひとりとして招かれ「憂鬱のアンギラス」という名のインスタレ−ションを制作・出品した。これは市民会館をモチ−フにした作品であり、会館の写真や、これまで会館で公演をした歌手などの似顔絵を投影した幻想的な作品である。なお、この作品は2008年4月1日から5月18日までの「時をかけるア−ト」収蔵作品展のなかで、復元展示された。


●都城市が実施した存続に関するアンケ−ト結果

 都城市は市民会館の今後の方策の参考として2006年12月に市内4000人を対象に郵送でアンケ−トを実施。無作為に抽出された20歳から79歳の男女4000人に解体か存続を選んでもらった。回収率は45.3%。その結果は、解体1503人(83%)存続288人(6%)。長峯市長は今月中(2月)に結論を出すと表明。
 ※ 朝日新聞(宮崎版)2月6日の記事より

○ アンケ−ト結果に対する「都城市民会館を守る会」からの公開質問状
  
 2月5日のアンケ−ト結果発表を受け「守る会」ではその内容に対して不備や疑義があるとし、公開質問状を市長宛に提出

※この質問状のPDFデ−タを収録します。

「守る会からの公開質問状.PDF」をダウンロード



○ 公開質問状に対する市長の回答
  2月28日付で長峯都城市長から回答が得られました

※この回答のPDFデ−タを収録します。

「市長からの回答書」をダウンロード



「カ−サ・ブル−タス」2007年3月号に掲載
マガジンハウス社の発刊する月刊誌「カ−サ・ブル−タス」誌に日本モダニズムの機器!?「絶滅建築」を救えというタイトルの特集が組まれ、解体の危機にある都城市民会館などのモダニズムの名建築が登場。都城市民会館はタイトルペ−ジに見開きで大きく掲載される。

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●都城市が今後の方針を発表「解体」
  2007年2月21日 長峯市長は市民会館の今後の方針について、解体すると発表。

●宮崎日日新聞社の「社説」
  2007年2月25日の「社説」で、先の市長が発表した解体の方針に再検討をうながす論旨を述べている。
 社説記事のPDFデ−タを収録します。

「宮日新聞」の社説を見る



●2007.03.26 南九州の文化と建築を考える会が申し入れ書を市長に提出
 同会は南九州にゆかりのある建築家や文化人などの個人ででつくる組織で、名誉会長に大河内昭爾氏、会長に市内に住む建築家の中岡氏を予定している。申し入れ書は、市民会館のNPOによる自主的な運営やスポンサ−探しなどの検討をしており、市に拙速な解体の猶予を求めるもの。2月に市長が発表した解体の方針と理由に対する反対意見理由を付している。
要望書のペ−ジへリンクします




 ※この「考える会」の申入れの記事が3.29日付の読売新聞・宮崎県版に掲載されました。

 ○2007.04.11 「南九州の文化と建築を考える会」のメンバ−が長峯都城市長を訪問し、次の3点について市長の見解をただした。
 1 島津邸の今後について
 2 南九州大学移転のキャンパス整備計画について
 3 都城市民会館の今後について

●都城市民会館がDOCOMOMO選に選定
 2007.04.14 DOCOMOMOの2006年度総会が東海大学にて開催され、都城在住の白水さんが市民会館の件を報告しました。また、この総会において、市民会館のDOCOMOMO選入りが内定しました。これまで、DOCOMOMOjapanは国内のすぐれた近代建築物100選のリストを選定し公開してきました。昨年度、15選を追加選定しています。そして、先の総会で新たに10選が追加され、市民会館もすぐれた近代建築物のひとつとして、DOCOMOMOの世界リストに登録されることになったわけです。
 正式には日本建築学会・歴史意匠委員会の協議を経て、学会と合同で発表されることになり、ことしの夏ごろに正式な発表ということになりそうです。九州では9件目の選定になり、すでに熊本と大分にに1件づつ選定建物がありますが、宮崎・鹿児島両県の南九州地方では唯一のDOCOMOMO選定建物となりました。

●めざましテレビに登場
 2007.04.17 フジテレビの朝の番組「めざましテレビ」にて、存続の危機にある近代建築の紹介があり、都城市民会館がそのなかのひとつとして紹介されました。黒川紀章氏の「中銀カプセルタワ−」などとともに紹介され、ここでも、都城市民会館の高い建築・文化的価値が認められています。

●毎日新聞に菊竹作品の評論記事
 2007.4.28 毎日新聞の土曜文化欄に建築史家・九州大学大学院教授の「菊竹清訓の昔と今」という論稿が掲載されました。
 九州国立博物館と都城市民会館という新旧ふたつの菊竹氏の代表作を文明論的に比較検証したものです。

4/28 毎日新聞の「菊竹清訓の昔と今」PDFをダウンロード



○都城市民会館がDOCOMOMO新10選入りしたことを伝える新聞記事が5/9付の南日本と毎日新聞に、5/11の宮崎日日新聞に掲載されました。

5/9、5/11「DOCOMOMO選入り記事3紙」PDFをダウンロード




●市民団体による会館の再生活用提案が市に提出される
 2007/7/2「都城市民会館の再生利用を考える会」が、都城市に『市民会館再生利用提案』を提出。
 ○この記事が7/3付けの宮崎日日新聞に載りました。


●「都城市民会館厄払い・DOCOMOMO選 記念展」
  日時:2007年7月24日〜29日
  場所:都城市立美術館(入場無料)
  主催:南九州の文化と建築を考える会

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「厄払い展ポスタ−.PDF」

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この展覧会の記事が7月25日の毎日新聞、7月29日の宮崎日日新聞に載りました。
また、9月17日付の宮崎日日新聞・ア−トコラム欄に、宮崎大学准教授の石川千佳子さん(美術理論)の、この展覧会に対する批評が書かれています。pdfデ−タを収録しておきます。

「宮日のア−トコラム.PDF」をダウンロード



●DOCOMOMO選定プレ−ト贈呈式
 2007年7月27日、DOCOMOMO幹事長の兼松氏と福岡のコア会員・田島氏が都城市役所を訪問し、近代建築遺産の証明であるDOCOMOMO選定のプレ−トの授与式がおこなわた。市では、前田副市長が応対。
また、プレ−トと同時に、DOCOMOMOからの正式な選定報告書が伝達された。(下の写真のあとにpdfデ−タで収録)


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「DOCOMOMO選 選定通知報告書.PDF」をダウンロード


この記事が7月28日の西日本新聞、8月2日の南日本新聞、8月3日の宮崎日日新聞、8月9日の読売新聞に載りました。

●「DOCOMOMO フォ−ラム都城」と見学会
2007年7月28日(土)13:30より、都城市民会館がDOCOMOMO選に決定したことを記念してシンポジウムを開催。なお、開会に先立ち、都城市の協力により、11:00より市民会館見学会を開催。久しぶりにホ−ル内部の見学を得た。館内の浮遊アスベスト濃度の測定をしていないことを理由に、参加者はマスクの着用を義務付けられる。



タイトル「DOCOMOMOフォ−ラム都城」
テ−マ「近代建築遺産と都城市民会館」
場所 都城総合福祉会館2階 会議室
主催 南九州の文化と建築を考える会

第一部 基調講話:兼松紘一郎(建築家・DOCOMOMOJapan幹事長)

第二部 ゲストト−ク・フリ−ト−ク
 講師:田島正陽(建築家・DOCOMOMOJapan・前JIA九州支部長)
 特別ゲスト
  磯達雄(建築ジャ−ナリスト・「昭和モダン建築巡礼」著者)
  五十嵐太郎(東北大学准教授・気鋭の論客である建築史家)
  倉方俊輔(新進気鋭の建築史家・東京理科大学、明星大学講師)
  彦坂尚嘉(現代美術作家・ア−トスタディ−ズ ディレクタ−)

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 ※ 講演とディスカッション、気鋭の論客の全テキストを収録しました。すばらしい内容です。
「DOCOMOMOフォ−ラム都城」全テキストを見る



このフォ−ラムの記事が8月5日の宮崎日日新聞に載りました。

また、フォ−ラムにゲストとして参加した東北大学准教授の五十嵐太郎さんの市民会館に関する評論記事が8月13日の毎日新聞(夕刊)に載りました。建築史家の立場で、近代建築の意味と意義を論じた卓越した文章である。

「毎日新聞・五十嵐さんの記事をダウンロード




●宮日の「らぴあ」9月号のエッセイ

宮崎日日新聞の情報誌「らぴあ」9月号が8月の下旬に発刊され、元宮崎公立大学教授の田中薫さんのエッセイが載っている。題材は都城市民会館のことであり、都市の魅力と景観について論じている。

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PDFデ−タも収録しておきます


「『らぴあ』9月号の市民会館に関するエッセイ.PDF」をダウンロード



「都城市民会館再生活用要望書」を都城市に提出
 2007年8月28日「都城市民会館の再生利用を考える会」と「南九州の文化と建築を考える会」が合同で都城市に要望書を提出。
 市では前田副市長が応対した。

「都城市民会館再生活用要望書.PDF」をダウンロード    



●都城市民会館の見学会

福岡で開催中の日本建築学会の大会出席者から、都城まで見学に行きたいという問い合わせがあり、急遽、見学会が用意されることになった。
9月2日10時〜12時まで。ホ−ル内部は、仮設照明により10時半ごろから1時間程度の見学。今回は、アスベスト濃度の測定済みということで、マスクは不要であった。
見学会には約20人ほどが参加した。
この見学会の記事が9月7日の宮崎日日新聞に掲載された。
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●都城市議会に「都城市民会館の再生活用に関する請願」を提出

 請願の主旨
 都城のシンボル的建造物「都城市民会館」について、その高い建築学的価値、インタ−ナショナルな評価により、今後さらに全国に向けて発信が可能な文化観光資源である都城の財産として、後世に残すべく再生活用の方向でのご検討を請願いたします。

 2007年9月14日
 都城市議会議長 下山 隆史 様

 都城市民会館の再生利用を考える会 代表 黒木文雄
 南九州の文化と建築を考える会 平川 靖三
※この請願は、9月27日の都城市議会で不採択(否決)となりました。

●西日本新聞 石川さんの記事

9月21日付の西日本新聞 学芸・芸術欄に宮崎大学准教授 石川千佳子さんの記事が載った。
石川さんは美術理論が専門であり、文化と芸術の視点から会館の価値を論じ、その保存を呼びかけている。

「西日本新聞の記事.PDF」をダウンロード



●新建築「住宅特集」と「建築ジャ−ナル」誌に記事が掲載
 先のDOCOMOMOフォ−ラム都城の記事がそれぞれ9月号に掲載された。「住宅特集」は建築史家の倉方俊輔氏が、フォ−ラムに参加したことのコメントを、「ジャ−ナル」は、やはりフォ−ラムに参加した芝さん(建築家・宮崎)がコメントを執筆。

●JIA九州支部による「九州建築展」IN宮崎 開催

2007年9月21日から24日までの4日間、宮崎市の市民プラザ4階にて、九州建築展が開催。特別企画として「都城市民会館の記録とDOCOMOMO japan展」の展示がされた。
九州のJIA会員建築家による建築作品のパネルが多数展示されるなか、都城市民会館の写真やDOCOMOMO2006年10選に選定された資料などを展示。

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●都城市議会が、都城市民会館解体予算案を可決。
開会中の9月議会において、9月27日の同議会は、市の提出した市民会館の解体予算を含む補正予算案を原案どおり可決。
27日は本会議で採決が行われ、補正予算本議案に先立ち、山田裕一議員などの提出した、市民会館の解体予算(アスベスト撤去はそのままとした)を削除した修正案の採決があり、賛成少数で否決された。次に、補正予算案の採決となり、賛成25・反対14・退場(棄権)1という結果で可決された。
昼食の休憩をはさんで、「都城市民会館の再生利用を考える会」と「南九州の文化と建築を考える会」とが共同で提出した「都城市民会館の再生利用に関する請願」の採決が行われ、反対多数で否決された。

この採決のことが、翌28日の新聞各紙に掲載されている。

●都城市民会館の解体予算可決報道
都城市議会が、会館の解体予算を可決したことを受けて、翌28日の新聞各紙にその記事が載った。
宮崎日日、読売、朝日、毎日、西日本の5紙にそれぞれ可決の記事が載り、そのうち西日本は全エリア版とロ−カル(宮崎県)版の2つがあり、毎日は採決前の25日にこれまでの総括的記事を載せている。
以下にこれらの5紙7件の記事をPDFで収録する。

「5紙7件の新聞記事PDF」をダウンロード



●10月10日の宮崎日日新聞に都城市民会館の保存を模索する記事が載りました
 まず、ロ−カル板の「きりしま」欄に会館の解体予算可決を受けて、それでもなんとか、会館の保存運動を模索し継続する保存派の動きを伝えている。
 また、トップの「くろしお」欄では、市の解体方針決定の根拠となっている昨年12月の市民アンケ−トに対する疑問を提示している。それは「会館の・・役割は終了しました」というアンケ−ト設問用紙に前書きされた文章に対する疑問であり、しばしば、行政のアンケ−トが誘導的になされることへの危惧でもある。


●10月18日の建設通信新聞に都城市民会館の危機的状況と保存の価値を訴える記事が載りました

 執筆者はDOCOMOMO japanの幹事長の兼松紘一郎さん。先日、都城に来訪し、DOCOMOMO選定プレ−トを授与した建築家です。日本が生んだ代表的な建築が、次々と消え去る状況に、建築的・文化的な側面から警鐘を鳴らしています。

●急転直下、保存へ
10月29日、2年後に都城へ移転予定の南九州大学が、市に市民会館の20年借用を申し入れ、市長も「前向きに検討する」というコメントを出しました。
急転直下、解体予算が議決された会館が、残ることになりそうです。正式な決定は11月6日になされるとのこと。下は10月30日の朝日新聞からです。

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この記事を載せた朝日新聞と宮崎日日新聞のPDFデ−タを収録しておきます。

「会館の記事 2紙.PDF」をダウンロード


都城市民会館の保存決定に関する読売、毎日、西日本、南日本の各新聞記事のPDFデ−タです。


「市民会館保存に関する記事4紙.PDF」をダウンロード



●市が存続の方針を決定
11月7日の朝日新聞に、都城市が南九州大学からの市民会館の借用申入れを、受け入れることに決めたという記事が載っていますので、PDFで収録しておきます。

「11/7の朝日新聞の記事.PDF」をダウンロード



●11月10日の宮崎日日新聞の記事

会館の存続を市が正式に決定したこととその概要を伝える記事が載りました。また、11日の同紙の社説で、市民会館存続を取り上げています。
その2件の記事をPDFで収録しておきます。

「宮崎日日新聞の記事2件.PDF」をダウンロード



●五十嵐太郎氏「リノベ−ションのススメ」
11月10日の朝日新聞(全国版)に、建築評論家で東北大学准教授の五十嵐太郎さんの文章が載っています。冒頭で市民会館を論じています。

「リノベ−ションのススメ.PDF」をダウンロード



●「都城市民会館秋祭り」が開催される。
2007年11月11日開催。このイベントは都城市民会館秋祭り実行委員会の主催によるもので、当初、会館の保存をアピ−ルし、解体を抑止する目的で企画されたが、急遽、南九州大学の借用申入れによる存続決定を受け、祝祭的な要素をもったア−トとまちづくりのためのイベントに軌道修正して開催。
内容は
 ○都城市民会館見学会(12:30〜)
 ○風船ア−トイベント(13:00〜)
 ○緊急シンポジウム(14:00〜)
   コ−ディネ−タ−:山田裕一(都城市議)
   パネリスト:黒木文雄(都城市民会館の再生利用を考える会)、田中薫(宮崎市ア−トセンタ−整備推進アドバイザ−)、楠本洋子(NPO法人 キャンバスの会)、野口博史(都城市中央通り商店街)
   特別ゲスト:磯達雄(建築ジャ−ナリスト)、八田雅章(建築家)、新堀学(建築家)

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秋祭り 風船ア−トイベントのようすです。撮影:河野秀親氏

※この秋祭りの記事が11月13日の毎日新聞、17日の宮崎日日新聞に載りました。PDFデ−タを収録しておきます。

「新聞記事2紙.PDF」をダウンロード



●第6回「フラクタス展」特別企画
11月23日、建築評論家長谷川尭氏を招いてのギャラリ−ト−ク『都城市民会館を見て』が開催される。
会場は宮崎県立美術館 県民ギャラリ−。案内役を建築家の岩切平氏がつとめた。
11月24日の西日本新聞にこの記事がのりました。


都城市議会で保存案可決
12月20日 都城市議会は、都城市民会館のアスベスト除去工事を含む補正予算案を可決。9月議会では解体を含む予算案を可決したが、その後、南九州大学への貸与・存続が決まったので、解体予算を削除し、減額修正した補正予算案を再可決したもの。
これで、市民会館の存続を議会も承認したことになる。


雑誌「新建築」1月号
昨年11月に開催された「都城市民会館秋祭り」のことが掲載される。文章は建築ジャ−ナリストの磯達雄さんが執筆。磯氏はこの秋祭りのシンポジウムに特別ゲストとして参加している。

「新建築1月号PDFデ−タ」です



雑誌「週間ポスト」2/1号巻頭グラビアに登場
巻頭に近代建築保存の特集が組まれ、都城市民会館が見開きで大きく掲載される。
文・監修は五十嵐太郎氏(建築史家・東北大学准教授)


●ファッション誌「Numero」3月号に掲載
グラビア企画にて、宮崎県内のモダニズム建築が取り上げられ、都城市民会館が掲載される。
他に青島青少年自然の家、日南文化センタ−なども紹介。


「KASA・BRUTUS」(カ−サ・ブル−タス)3月号に掲載
モダニズム建築を救え!という特集が組まれ、都城市民会館が掲載される。
東国原知事へのインタビュ−など、存続へ至った経緯が詳しく紹介される。他に全国の失われつつあるモダニズム建築を多数紹介。

詳細はこちらへ


都城市民会館のアスベスト撤去工事の施工者が決定。
宮崎市にあるダンパック工業鰍ェ2月19日の入札で落札。
金額は 99,399,849円。ほぼ1億円です。2008年3月都城市の公告より。

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●現在、都城市民会館は既存アスベストの撤去工事中です。仮囲いがしてありますので、写真は撮りにくい状況です。8月に終了予定です。2008年4月5日書きこみ。

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建築誌「日経ア−キテクチュア」2008/5/26号に掲載
「都城市民会館を守った市民の800日」というタイトルで、これまでの経緯を写真入で詳しく載せている。都城市の保存活動者数人の他、南九州大学の渋谷理事長、東国原知事へのインタビュ−をもとに同誌の宮沢氏が文章を執筆。
また、巻頭には1966年にタイムスリップとして完成当時の市民会館の写真(撮影:小山孝)を見開きで大きく掲載している。わにつか山系の山並みを背景にした地方都市らしき風景の中央に、黒い異様の市民会館が建つ記念碑的な写真である。会館の左側には、今はなき須田記念館のレトロな姿もある。

日経ア−キ5/26号「都城市民会館を守った市民の800日」の詳細はこちら




●カ−サブル−タス・ムック「モダニズム建築100」
2008年7月同ムックが発売された。これは、これまでDOCOMOMO Japanが選定した国内の125のすぐれた近代建築を紹介する特集号であり、都城市民会館もそのひとつとして登場。
また、「モダニズム建築を救え」という同誌が過去2回に分けて特集した内容も収録してあり、都城市民会館の危機と存続運動の詳細が大きな写真入りで載っている。

「昭和モダン建築巡礼」東日本編発刊
日経ア−キテクチュア誌の好評連載企画が単行本かされ、冒頭に都城市民会館のことが保存の経緯を含めて序文のイラストコ−ナ−で紹介されている。2008.7.14記載


● アスベスト撤去工事終了
この4月から会館に組まれていた工事用の足場とシ−ト囲いが撤去され、元の姿に戻りました。アスベストの撤去工事が終了したそうです。2008.07.28記入

● ウエブサイト「NBオンライン」に掲載
日経ビジネス誌のウエブサイトである「NBオンライン」に「昭和モダン建築巡礼」のコ−ナ−があり、その10月23日号に都城市民会が登場。筆者は「モダン・・」の著者のひとりである宮沢洋氏。「モダン・・」連載開始の裏話から都城市民会館保存のいきさつまで詳しく記している。2008.10.23記載

「NBオンライン」はこちらです









●市民会館見学報告

2006年6月2日
見学、撮影:ヒラカワヤスミ

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 とりあえず、保存うんぬんのまえに現物をいまいちど、よく見ておきたいという趣旨で見学した。
 懸念されている雨漏りは、10年ほど前の屋根の改修工事により、屋根面からのものは止まっているとのこと。ただ、東西面のコンクリ−ト面からそれぞれ1ヶ所づつ染み出している。見学した日はけっこうな雨降りの日であった。この日に見学に行ったのは、じつは、雨漏りを検証したいというねらいもあったのである。この日の雨はけっこう強かったが、風はたいしたことはない。ということは、台風のときなど、かなりの漏水はあるだろう。案内のスタッフの話では、台風時は一部の壁面がびしょびしょになるとのことで、さにあらんと推測される。しかし、その外壁面を外部から観察すると、風に飛んでたまった土から雑草が生えているほどであり、適切なメンテナンスがされているとは言いがたいところもある部分であり、築後40年という歳月を考えると妥当なところだろう。むしろ、おもっていたほど雨漏りは深刻ではないというのが実感であった。
 40年のあいだに増改築を繰り返している会館だが、骨格となる構成は失われておらず、この建築物の設計思想でもあるメタボリズムによるところの、変わるべきところと変わらないところとの関係性がうまくいっている好例かもしれない。
 多少の劣化や汚損はあるものの、基本構造はしっかりしており、まだまだじゅうぶん使えそうである。写真ギャラリ−へ



 ○関連画像サイトリンク 「市民会館画像集」サイトへ




●都城市民会館シンポジウム

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 タイトル 「市民会館を守るシンポジウム」

 日時 2006年7月22日(土)16:30から
 場所 中山荘(都城市)
 主催 都城市民会館を守る会
 共催 JIA(日本建築家協会)九州支部

 ○シンポジウムの基調講演記録 
 ※文責はこのホ−ムペ−ジの管理者(ヒラカワ)にあります


「都城市民会館を守るシンポジウム」



(三田・「都城市民会館を守る会」代表)
 わたしたちが、都城市民会館の保存にかかわりはじめましたのは、昨年、都城市職員のプロジェクトチームが、市民会館についての中間報告を提出後、どうやら市民会館は壊されるらしいという噂を聞いたことです。わたしたちはMAPというグループで活動をしており、まず取り壊しに反対のアピ―ルを出そうということから保存運動をはじめています。きょう、新しい文化ホールの落成式がおこなわれました。わたしたちは、この新しい文化ホールができることを喜びました。都城市にいろんな文化の拠点ができるということを楽しみにしたからですが、いつのまにか「ふたつもホールはいらない」「市民会館はムダな経費を使うからいらない」そんな話がどんどん流れてきました。
 そういう風評に対して、わたしたちは、じっさいに市民会館はどんな建物であるのか、都城市の文化のなかで、どういう役割を果たしてきたのか、そういう総括もないまま市民会館を単純に経費的な面から壊していいのだろうか、ということで運動をはじめました。昨年12月にわたしたちは、市民会館を設計した菊竹事務所におられた遠藤先生による「エネルギーを内に秘める都城市民会館」という講演会を開き、約90人の参加をいただき、それが発展して、「都城市民会館を守る会」を結成しております。
 5月に署名活動をし、市に保存の請願を出しました。当初は、「どうせまた変わり者がへんなことをはじめた」と見られ、「なぜ、市が決めたことに対して、あなたたちは反対するのか」などと言われました。しかし、わたしがおもうのは、たった40年の年齢しかない建物を、新しいものができたから簡単に壊していいのか、違う用途にして、残す方法はないものか、もういちど市民とともに考えてもらいたいということで運動をしています。
 本日、このシンポジウムの場で、みなさんのいろんなお知恵をお借りして、あたらしい市民会館の未来像を描けたらいいとおもいます。


1 基調講演 講師:鈴木博之


 わたくしはDOCOMOMO(ドコモモ)という会をみんなでやっております。DOCOMOMOというのはパリに本部がある国際組織であり、近代建築の保存と記録をしようという組織です。日本にある近代建築を発掘・調査をし、それをみなさんと勉強する。そして、その成果を多くの方におしらせする、そんな仕事をしております。 都城市民会館は、できたときから、ひじょうに注目を集めた建物でして、現在でも建築をやっている人たちのあいだでは、きわめて印象の強い建物です。しかし、都城まで来るのは時間的にも経済的にもたいへんであり、知ってはいるんだけれども、きちんと見たことがあるという人はすくない。「都城市民会館をぜひ見てみたい」という人は、ものすごく多いということを最初にお伝えしておきます。

 この都城市民会館は、菊竹清訓という建築家の代表作でありますが、建築の世界のなかで占めている位置について、考えてみます。
 菊竹は早稲田大学を出て、竹中工務店、そして村野籐吾の事務所を経て設計事務所を設立しました。菊竹のすごいところは、ひじょうに早い時期から、たいへん特徴のある仕事をしてきたことです。1958年に「スカイハウス」という自宅を東京の音羽に建てまして、その名のとおり、空中に持ち上がった住宅です。これは、われわれの世代にとって、すでに学生のころから名作として知れ渡っておりました。
 1960年には、日本のモダンデザイン、あるいは近代建築史上、たいへん重要な「世界デザイン会議」が日本で行われました。
 この会議を契機として、ここで日本の若手の建築家たちが発表するべきだ、ということでつくられたのがメタボリズムというグループです。ここには、その後の日本の建築界をリードしていく方々が参加します。菊竹清訓、槇文彦、大高正人、若手では黒川紀章、それからデザイナ―の粟津潔、建築評論家の川添登などがあつまって、メタボリズムという一種の新陳代謝の考え方であたらしい建築運動を起こしていくわけです。
 このメタボリズムのなかで、菊竹が果たした役割は、デザイン力と構想力の両面において、中心的な建築家であったことだといえます。理論的には川添登、あるいは浅田孝という理論家がいましたが、じっさいのカタチをつくっていく建築家の中心は菊竹でした。
 以下 略
※続きのテキストはこちらにあります
「都城市民会館を守るシンポジウム」テキスト